サハリン旅行2001    

 

2001年9月、サハリン鉄道ツアーで、サハリン最北の町であるオハまで陸路を往復したときの写真を紹介します

 

1.稚内からノグリキへ

サハリン略図    

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稚内港。大量に積み込む手荷物。

 

2001年9月某日、鉄道ジャーナル社主催のサハリン鉄道ツアーはサハリンへ向けて出発した。 このツアーは寝台急行、軽便鉄道、バス、SL列車に乗りサハリン北端のオハまで2000kmを7日間で縦断するというものだ。

当初は貸切ホテル列車でノグリキまで行くはずだったが、参加者が少なく、寝台急行列車を利用することとなった。

3 稚内港を出港する。

サハリン行きフェリーのりばは稚内駅から10分ほど歩いた埠頭の先端のところにある。サハリンへ渡るのは今回で2回目。ここから約1000km北のオハまで目指す。

船は利尻礼文行きのカーフェリーと同じで、あまり海外へ行くような風情はない。 ただ、ビールは免税でなんと100円で唯一国際航路らしいところである。

船内で時計の針を2時間進める。日本とサハリンとの時差は2時間である。

240 かつて稚泊連絡船が発着していた埠頭に降りる。

稚内から5時間半でコルサコフ港に着いた。埠頭からはなんと宗谷バスの中古バスで税関に向かう。また稚内へ戻ったような気がした。

入国審査は結構かかり、外へ出られたのは1830頃だった。

コルサコフからは貸切バスでユジノサハリンスク駅へ向かう。

197 夜のユジノサハリンスク駅。夜行列車出発前の光景。

ユジノサハリンスク21:00発の急行列車に乗り込む。ツアーが乗るのは、貸切の0号車である。

22時ごろ横になるが、さっぱり眠くならない。日本ではまだ夜8時である。

急行1列車の編成

←ノグリキ

 

機関車

 

荷物車

寝台車(貸切)

寝台車

寝台車

 

食堂車

寝台車

座席車

寝台車

寝台車

寝台車

座席車

D〜G号車はティモフスクで切り離す

1018  寝台車内の様子。4人用コンパートメントである。

翌朝、列車は快調に走っている。外は不毛のツンドラ地帯がどこまでも続く。

ポロナイスクから先は各駅に停まり、どの駅でも数人ずつ下車客がある。

12 荒涼とした車窓。

朝7時ごろ北緯50度線の旧国境を通過する。ここからは正真正銘ロシアの地になる。といっても林や荒地がどこまでも続くだけで、何かあるわけではない。

8時過ぎ食堂車で朝食となる。この食堂車もツアーのために特別に連結されたものである。

目玉焼きとサラダの朝食を取りながら、緩やかな起伏の続くポロナイ川とトゥイミ川の分水界を過ぎる。

17 ティモフスクに到着。アレクサンドロフスクへはバスが連絡する。

 

16下車客は多い。みなどこまで行くのだろうか。  

8時54分ティモフスクに到着。26分停車する。停車中に後部4両を切り離し、客車に給水もする。

結構下車する人が多い。ティモフスクは航空便がないため、南部へは鉄道だけが頼りである。

146 北部は各駅に停まる。アリバ駅。

 

2015時間近くかかって終点ノグリキに到着。

小さな駅にも停車しながら11時47分、列車はノグリキに到着した。

 

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