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青春18きっぷ旅行記 2005年 〜 札幌発広島行

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第8章 岡山―観音寺―岡山 (9月7日その1)

 

瀬戸大橋を渡って四国へ

5回目 9月7日 

JR西日本 岡山駅

岡山  6:04 →  6:16  児島 快速〔マリンライナー3号〕

児島  5:44 →  6:30  高松 快速〔マリンライナー1号〕(遅れで先行列車に追いつき)

予定では、昨夜フェリーで神戸から四国の高松に渡り、高松朝1番の列車で出発して、松山には午前中に着くことになっていたのだが、台風のあおりを食って岡山泊まりになってしまった。それでも岡山を早朝に発てば、予定より1時間ほど遅くなるが昼前には松山には到着できる。

 

早起きして5:40に駅前のカプセルホテルを出る。まだ夜明け前なので薄暗い。雨は上がっていて、風はだいぶおさまったようだ。駅に行くと、とくに遅れや運休の表示はなく、各方面とも始発列車から平常どおり動いているようだ。

6:04発高松行快速『マリンライナー3号』でとりあえず坂出をめざす。

 

改札口で青春18きっぷに5回目の日付印を押してもらう。このきっぷと付き合うのも今日が最後だ。

ホームに向かうと、ちょうど高松からの『マリンライナー2号』が到着したところで、早朝の1番列車にしては大勢の人が降りてくる。旅行カバンを持った人ばかりなので、台風で昨夜四国にカンヅメになっていたひとたちなのだろう。たった2両編成で、この列車が折り返し『マリンライナー3号』となる。

 

列車は定刻に岡山を発車し、これでなんとか旅行を続行できそう。車内は7割かた席が埋まった状態。順調なすべり出しで、だんだん空も明るくなってきた。

 

6:26、瀬戸大橋手前の児島で「ただいま瀬戸大橋で25m以上の強風のため運転を休止しております」となった。ホームの向かいには、岡山を先に出た『マリンライナー1号』も停車中だ。「向かいに停車中の1号の方が先に発車しますが、開通したらお知らせしますので、そのまま乗車してお待ちください」とまた放送がある。ホームに出てみると、雨は降っていないが風はたしかに強い。

 

6:40になり、1号が先に発車すると放送があり、全員1号に乗り移って発車する。

▲岡山駅の快速マリンライナー。

▲瀬戸大橋強風のため児島で止まる。

▲マリンライナー1号と3号が児島駅で並ぶ。

低い雲がたれて重苦しい瀬戸内海を見ながら瀬戸大橋を渡る。次の坂出で乗り換えるはずだったのだが、予讃線松山方面は運転を取りやめていると放送があったので、このまま高松まで行くことにして、それから考えることにしよう。台風は去ったものの、それなりに被害はあったらしく、だんだん順調には行かなくなってきた。

坂出では通勤客も乗ってきて混雑する。7:15に高松到着。改札口のところの掲示を見ると、予讃線は土砂災害で、現在観音寺までの折り返し運転となっていて、松山行特急『しおかぜ』も運休になっていた。これは岡山に戻るしかないのかと思いかけると、また岡山行『マリンライナー』は強風のため運転休止と放送がある。

▲重苦しい瀬戸内海を渡る。1隻の貨物船が通り抜ける。

▲マリンライナー1号は45分遅れ、3号の人は17分遅れで高知駅に到着。

高松に来たからにはさぬきうどんを食べなければならない。改札口の横に、『連絡船うどん』という立ち食いうどん屋があったので入る。『野菜天ぶっかけうどん』と言うのを食べてみる。うどんの上に野菜のかき揚げと大根おろし、薬味にワケギと白ゴマとすりショウガ。そこにツユをぶっかけて食べる。シャキッとした麺のコシはさすが本場で、そこらの消化だけは良さそうなフニャフニャのうどんとは比べ物にならない。

▲高松駅構内の連絡船うどん。

▲ぶっかけかき揚うどん。左は別添えのツユ。

▲別添えのツユをうどんにかけて食べる。麺のコシは最高。

 

観音寺で銭形見物

高松  16:24  →  17:39  観音寺  予讃線・普通

朝食のうどんを食べて店を出ると、7:37発の観音寺(かんおんじ)行がホームに入っている。瀬戸大橋線が再びストップしてしまったので岡山にも戻れず、こうなれば行けるところまで行ってみようと、観音寺行の列車に乗った。

 

高松を発車すると駅ごとに高校生が乗ってきて混雑してくる。坂出では日が差してきた。宇多津駅のホームには白装束に菅笠を持ったお遍路さんがベンチに座っていて、近代的な高架駅と妙に対照的に見える。

 

高校生も詫間までにほとんど降りてしまい、車内に残ったのは、松山方面に行くのだが、とりあえず普通列車で行けるところまで行ってみようという人たち。ローカル列車に珍しく旅行カバンを持っていたり、ビジネス風だったりするのでそれとなくわかる。自分もその一人なのだが。携帯電話で「普通電車で駒を進めております」と話している人もいる。

▲宇多津駅ホームで。お遍路さん。

▲観音寺で列車は運転打切り。

▲運休の「お知らせ」。観音寺駅。

観音寺に到着。さてどうなっているのか。改札口に立てかけてある「お知らせ」を見ると、観音寺駅ポイントの冠水、関川・多喜浜間の築堤崩壊とわかる。駅員も次々やってくる松山方面の客に、復旧の見込みはないので今来た列車で高松に戻った方がよいと説明していた。

 

こんな何もない所までわざわざやってきてただ折り返すだけなんてのも馬鹿らしい。どうするか考えていると折返しの列車は発車してしまった。あとにはここで松山方面の復旧をがんばって待つ人が数人残るのみ。タクシーで新居浜まで行くという人もいた。

 

駅を出たところ地図があり、それを眺めているとテレビの「銭形平次」でタイトルバックだった銭形砂絵をみつけた。歩いて20分くらいだろう。次の高松行まで1時間以上あるのでこんな駅でボーっとしていてもしょうがないし、その間に事態は変わっているかもしれない。地図で銭形までの道をしっかり確認して、駅前の道を歩き出す。

▲台風一過の観音寺の町。

▲瀬戸内海に点在する島影と寛永通宝。

まだどの店も開店前の観音寺の街中を通って歩いて行く。橋を渡ると、琴弾山の入口に銭形の展望台という看板があったので、その山道を登る。昨夜の台風で、道路中に小枝や葉っぱが散乱しているが、さすがに今日は車も通らないし快適な道だ。

 

それにしても、駅の地図を一度見ただけで見知らぬ町の中を迷わず歩いて行く能力は、いったいどこで身に付いたのだろうと思う。一種の特技ともいえる。どうせならもっとお金になるような特技がほしかった。

 

10分ばかり歩くと展望台につく。こんな日なのだが車が数台停まっていて、こんな日だがすでに見物客がいるのだった。展望台に立つと風が強い。瀬戸内海も点々と見える小島も暗く、砂を盛って作った巨大な寛永通宝も少々崩れ気味。

看板に、「銭形のいわれ」が書いてあり、それによると寛永十年に領主歓迎のため一夜にして作り上げたとある。しかし、この銭形の構築に関しては一切の史実が残されておらず、地元では諸説をとなえる人があとを絶たないそうだ。中にはUFOの基地説なんてのもあるらしい。

 

看板の説明文の最後に「この銭形を見た人は健康で長生きできて金に不自由しなくなるといわれています」と書いてあった。そう願いたいものだ。

▲これを見るとお金に不自由しなくなるという。

▲観音寺駅舎。

▲観音寺駅の改札口。上の発車案内は止まったまま。

 

観音寺  16:24  →  17:39  坂出  快速〔サンポート〕

駅に戻るが、あのあと何も進展していないようだ。築堤崩壊じゃそう簡単には復旧しないだろう。ちょうど10:12発高松行快速列車があったので、松山行は中止。岡山まで戻り、山陽線経由で広島に向かうことに決める。

本来ならば伊予西条から来るはずだったこの列車は、観音寺始発で発車する。だんだん天気は良くなってきて青空が出てきた。

 

多度津では高知行特急『南風』号に接続とあったので、土讃線は開通したらしい。坂出で下車するが、岡山行快速『マリンライナー』は、また強風で運休とのこと。ホームは岡山行を待つ人でいっぱいである。しばらくすると「快速マリンライナーは23分遅れで高松駅を出ました」とアナウンスがある。どうやら再開してはまた運休の繰り返しらしい。

▲高架駅の坂出駅。

▲ダイヤが乱れて混雑する坂出駅。

入ってきた列車は混んでいるのでドアのそばに立つ。11:20に坂出を発車する。瀬戸大橋から見る瀬戸内海は、空気が澄んで眺めが良い。やっぱり風が強いのか海面は白波がたっているのだが、それでも船は結構行き交っている。列車は橋の上ではいつもよりスピードを落として走行しているようだが、風のせいなのかよく揺れる。

 

11:45に岡山に到着。せっかくだから、岡山の路面電車に乗ってみることにする。

 

岡山の路面電車に乗る 

岡山駅前 → 清輝橋(岡山電気軌道)

西大寺町 → 東山

東山    → 岡山駅前

 

▲岡山駅前の桃太郎像。台風も退治してほしい。

▲最初に来たのは清輝橋行。岡山駅前。

▲超低床電車のMOMOが現れた。

岡山には何度も来たことがあるが、夜中に到着して早朝に発つことばかりで、岡山に昼間滞在することは今まで無かった。岡山は路面電車の走る都市で、岡山へ来たならこれに乗らねばならない。

 

岡山駅前の電車乗り場は道路の真ん中にある。路線は、岡山駅前から東山本線と清輝橋線の2路線がある。運転本数から言うと東山本線というのがメインの路線のようだ。待っていると清輝橋行というのが来たので、この電車に乗る。

 

運転士の制服が変わっていて、電車の運転士というよりイベントのスタッフという感じがする。また停留所の安全地帯は普通は電車の進行左側にあるのだが、岡山では右側、つまり複線の線路の間にあり、島式ホームの様になっている。これならば乗客の脇を車がかすめることもないし、安全地帯の幅も広くとれるというわけだ。

ほかにも岡山電軌ならではのユニークなものがあるのだが、全国の路面電車でこれらを採用しているところは無いところをみると、何かと不都合があるのかも知れない。

 

ガッタンゴットンと動き出したと思ったらすぐに信号で停止というのは全国どこも同じ。

広い道路をゆっくりと走る。郵便局前までは駅から100円なのでここで降りる人が多い。ここから先は140円になる。10分ちょっとで終点清輝橋に着く。横断歩道はなく歩道橋が直結している。歩道橋の上から見ても別にどうということのない普通の町の中という感じ。

 

今乗ってきた電車はすぐに折り返し岡山駅に向けて発車していった。今電車で来た道を今度は歩いて引き返す。西大寺町と書かれたアーケードの商店街の中を抜けると、東山本線の西大寺町という電停の前に出る。東山行きはちょうど行ったばかりだったので次の小橋電停まで歩いてみる。都心部は幅広の道路を走っていた電車もこのあたりから狭い道を走っている。

▲西大寺町のアーケードと電車。

▲道路にペイントしただけの小橋電停。

 

小橋電停あたりは道路幅が狭く、安全地帯が設置できないので、道路から直接乗り降りすることになる。一応路面に停留所とわかるようにペイントしてある。小橋から電車に乗り、終点東山へ。清輝橋と違い、このあたりは若干街らしくなっている。時間も無くなってきたので、再び電車に乗り岡山駅に戻る。

 

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