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青春18きっぷ旅行記 2005年 〜 札幌発広島行

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第4章 新宿―つくば―鎌倉 (9月5日その1)

 

つくばエクスプレス初乗車

3回目 9月5日 

JR東日本 長岡運輸区

新宿      →     秋葉原 中央/総武線・普通 

まだ早朝5時半だが、新宿駅はたくさんの人がいる。朝帰りなのかこれからどこかに向かうのかは不明だが、東京のパワーを感じる。

 

夜行列車で早朝に東京に着き、時間をつぶす方法のひとつに「山手線に乗って仮眠する」というのがあるが、今日は先月(20058月)に開業したばかりの『つくばエクスプレス』に乗ることにする。 

まずは総武線のホームに向かう。秋葉原まで行くのだが、この時間はまだ中央線が快速運転になっておらず、全て各駅停車のため、総武線ホームから発着するのである。

 

11番線に入ってきた中央線東京行はオレンジ一色の電車。首都圏の電車は銀色のステンレス車体にカラーの帯の車両ばかりになったが、中央線だけは頑固にオレンジ一色の電車が使われている。何か理由があるのだろうか。 

▲早朝から人が多い新宿駅ホーム。

▲御茶ノ水で総武線に乗換え。

▲早朝の秋葉原駅。こちらはひと気が無い。

御茶ノ水で降り、総武線の電車に乗換える。しばらく待つと千葉行が入ってきた。なかなか発車しないのでどうしたのかと思うが、良く考えたらこの時間は総武線もまだ御茶ノ水始発だった。こちらはがら空き。次の秋葉原で降りるが、電車が発車するとホームから人影は消えてしまう。

秋葉原   6:05 →  6:50 つくば 快速(つくばエクスプレス)

『つくばエクスプレス』と表示のある方向に歩いて行く。一旦外に出て、地下への入口を入っていく。長いエスカレーターで地下深くもぐって行くとつくばエクスプレスのコンコースに出た。

券売機でつくばまでの切符を買う。次に出るのは6:05発つくば行快速。さすがにこの時間の下り列車とあって乗っている人は少ない。車内は珍しくクロスシートになっている。

 

秋葉原を出て延々と地下区間が続き、やっと地上に出る。最高時速は130キロ。郊外の高架線を走るせいかスピード感はそれほど感じない。ただし駅を通過するとすごい勢いでホームを走りぬける。駅名の表示を読み取ることはできない。

 

各駅のホームと線路の間は壁で仕切ってあり、電車のドアが開くと一緒にホームドアが開く。ホームからの転落や飛び込みは防げるので安全だ。ただホームドアの反応が遅いのか、電車が停まってからドアが開くまでタイムラグがある。遅れている時など停車時間が延びて、余計ダイヤが乱れないのかと余計な心配をしたりする。

▲クロスシートが並ぶTX車内。

▲駅前はどこも造成工事真っ最中。守屋付近。

▲空が広いつくば駅前。

守屋を過ぎると、車窓は田んぼや畑が拡がるのどかな風景となる。『みらい平』とか『みどりの』など、いかにも郊外のニュータウンのような名前の駅を通過するが、いずれも畑の中に突如出現したような駅だ。駅前はまだ整地されたばかりのようだが、秋葉原から約40分。数年後にはマンションやショッピングセンターが建ち、沿線の風景もがらりと変わるのだろう。シュミレーションゲームの『シムシティ』や『A列車で行こう』を現実で見ているようだ。10年ほど経ったときに、また来てみたいと思う。

 

つくばの手前からまた地下にもぐり、秋葉原から45分で終点つくばに到着する。

地下駅から地上に出てみる。道路が広いのと高層の建物が少ないので、広々とした街に見える。まだ7時前でどこにも行きようがないので、すぐに駅に戻る。

▲つくば駅コンコース。

▲ホーム柵に囲まれた守谷駅ホーム。

 

つくば    7:12 →  7:29 守谷  区間快速(つくばエクスプレス)

守谷     7:34  →  7:54 取手  普通(関東鉄道常総線)

つくばからは、7:12発秋葉原行区間快速に乗る。この電車は秋葉原には8:04に着くので、ちょうどラッシュの電車といえるのだが、車内には空席の方が目立つ。守屋までは各駅に停まるのだが、どの駅からも通勤客が数人ずつ乗ってくる程度で、ラッシュとは程遠い。守屋までは全員着席となり、立つ人はいなかった。まだまだ余裕があるが、開発が進み沿線人口が増えれば、今この電車に乗っている人たちは「あの頃は座って通勤できた」と言うようになるだろう。

 

守屋では関東鉄道からの乗り継ぎが多いのでさすがにホームには行列ができている。関東鉄道に乗換えるためにここで下車する。

関東鉄道常総線とは取手から下館まで結ぶ茨城県にある私鉄で、首都圏では珍しく電化されておらず、すべて気動車で運転されている。沿線はベッドタウンとして開けて、取手から水海道までは複線化もされた。札幌の学園都市線にそっくりだと思う。

 

つくばエクスプレスの駅を出ると、すぐ向かいが関東鉄道の守屋駅となっていた。きっぷは取手まで直通で買ったが、別々の駅なので2回も改札口を通らねばならず不便だ。

 

取手行の列車は2両でやってきた。超満員だったが、ここでほとんどの人が降りる。通勤客がほとんど下車した車内はなんとなくローカル線の雰囲気。それでも取手までの途中駅ではたくさん乗ってきて、取手に着く頃は車内は相当な混雑となっていた。

▲守屋では関東鉄道と交差する。

▲ローカルムードの関東鉄道常総線。

▲関東鉄道接続の取手駅。

 

朝ラッシュと上野駅

取手  7:59 →   8:42 上野 常磐線・快速

取手から再び青春18きっぷ使用開始。7:59発、取手始発の上野行常磐線快速電車にのる。ラッシュピークは過ぎたのか、空席もありそれほど混雑はしていない。柏でこれでもかというほど大勢乗ってきた。ここから上野までなら30分以上満員電車に立ちっぱなしで、東京に住むのは大変だなぁと思う。

北千住、日暮里で大量下車があり、終点上野に到着する。

 

上野駅はまだ急行『八甲田』があった頃、夜遅い発車時刻まで時間をつぶしていたりしたので、想い入れが多い駅である。

『八甲田』や『北斗星』で上京する際、いつも拠点にしていたのが上野駅だった。当時すでに新幹線は東京発着になっていたが、上野から発車する長距離列車も多く残っていた。

▲翼の像と明るくなったコンコース

▲ホーム終端にある啄木の碑と通勤電車。

上野駅はすっかり新しくなった。駅ビルは『アトレ上野』というファッションビルになって、どこもかしこも明るく改装されて、かつての泥臭い雰囲気は一掃されていた。東北の玄関口と言われた上野駅も、東北方面の夜行列車が次々と廃止され、今では通勤電車の始発駅である。昭和初期の面影の外観自体は昔と変わっていなかった。

 

地平ホームの線路の終端の所に並んでいた土産屋の売店が無くなって、すっきりと見通せるようになったのは良くなった。地平ホームに発着するのも通勤電車ばかり。電車が到着するたびに人の波が押し寄せ、急ぎ足で歩く人ばかりで、立ち止まっている人はいない。ただ天井の低い地下道の「頭上注意」や、電車が到着して「業務放送、トーゴーセン車内清掃願いま〜す」と思い切り肉声の放送が流れると、一瞬昔の上野駅が戻ってくる。

 

「ふるさとの訛なつかし停車場の

人ごみの中にそを聴きにゆく」    啄木

▲上野駅正面口のアーチ。

▲広小路口のほうはあまり変わらず。

▲『頭上注意』の天井が低い地下道は相変わらずだった。

 

上野     →       品川 京浜東北線

品川  9:59 →  10:50 鎌倉 横須賀線・普通

上野からは京浜東北線で品川へ。車内の中吊り広告の場所に液晶テレビが取り付けられていて、日本国内各地の紀行の映像を流していた。車内のポスターには「デジタルモニタ実験中」とあり、ゆくゆくは災害時の情報や駅ごとの情報をお届けできるでしょうと書いてあった。

 

品川で横須賀線に乗換える。時刻は10時近く、朝のラッシュも過ぎていると思うのだが、隣の山手線のホームは黒山の人。東京にはもう何度と来ているが、この人の多さだけはいつ来ても面くらう。

▲山手線ホームは人、人、人。品川駅。

▲品川駅コンコース。何となく昔の上野駅みたい。

▲『アンビシャス・ジャパン』新幹線と並走。

品川からは逗子行に乗る。車内はがら空きだった。西大井・新川崎間では新幹線『こだま』と併走する。鎌倉まで行き、そこから江ノ電に乗る予定である。

 

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