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さようなら、夜行オホーツク&ふるさと銀河線

1章 網走まで ―夜行オホーツク9号    2006年2月18日

 

 

今春、道内から消えるものがある。それは「ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」という鉄道、夜行特急「オホーツク」「利尻」という列車である。

北海道旅行で何度もお世話になった人も多かろう、この夜行特急「オホーツク」「利尻」夜行列車も2006年3月17日をもって最後になる。

「ふるさと銀河線」は、もう何年も前から経営難により存続の危機を向かえていた。誰もが近い将来Xデーが来ると予測していたのだが、ついにその日が決定してしまった。2006420日が最終日となる。

 

なくなる前にもう一度乗っておこうと2月の半ばに道東へ向けて旅立つことにした。

▲土曜でも夜遅くまで賑わう札幌駅。

▲西改札口の発車案内。オホーツク9号の表示が見られるのもあとわずか。

夜9時過ぎ小雪がちらつく雪明かりの中、電車で札幌駅へ向かう。

札幌駅に着くと、時刻は10時近くだがまだ大勢の人が歩いている。改札口の発車案内にはすでに「特急オホーツク9号」の表示が出ていた。居場所もないので少し早いが自動改札機を通ってホームに行く。

 

オホーツクの発車する8番線には岩見沢行の普通列車が停車していて、この列車が発車した後に「オホーツク9号」が入ってくる。すでにキヨスクも立ち食いそばも閉まっている。ホームは相変わらず寒い。

自由席の方はすでに並んでいるようだが、今回は寝台券を買っておいたので、コンコースに降りる。ロッテリアは10時で閉店。キヨスクが1箇所のみと駅弁の売店がまだ開いていた。

 

コンコースの中央に椅子が並んでいる待合スペースがあって、いつからかストーブが設置されて、赤々と燃えている。寒いコンコースの中でストーブの周りだけが唯一温かい。椅子もストーブを囲むようにして並べられている。大画面のテレビも設置してあって、ここは1日中列車を待つ人が身を寄せ合っている。 

▲夜行オホーツクは6番線から。閉店するロッテリア。

▲ストーブ前で列車を待つ人々。

▲オホーツクの自由席は長蛇の列。

22:10、岩見沢行が出たようなので、キヨスクでビールを買い、8番線ホームへと上がる。

寒いホームには駅弁の立売りが出ていた。ホームでの駅弁の立売はもう見ることは少なくなったが、札幌駅ではまだ健在である。ワゴンをのぞいてみると、数は少ないが数種類の弁当がある。夕食は済ませてあるのだが、駅弁売りのおじさんに敬意を表して「氷下魚めし」というのを1つ買う。こんな時間でもポツリポツリと売れている。

 

3月17日の夜行「オホーツク」「利尻」廃止後は、同時間の列車は旭川行「スーパーホワイトアロー」が増発されるが、駅弁の立売は続いてゆくのだろうか。

 

2006318日ダイヤ改正」 

「増発でもっと便利に、快適に、JRはさらにパワーアップ!」   コンコースのポスターより

 

自由席の方は長い列が出来ているが、ほとんどが旭川までに降りてしまうはずだ。

入線してきた「オホーツク9号」は2〜3両増結されて、ずいぶん長い編成に見える。うちB寝台車は1両だけ。

本当は金曜日発の寝台を希望していたのだが、金曜分はすでに売切れだったので、今回は土曜日出発となってしまった。今時期で満席なのは流氷観光シーズンのためだろう。それでも土曜なので指定席の方は結構余裕があるようだ。

 ←オホーツク9号の寝台券

金曜日の札幌発は、通路までびっしり立ち客があふれて大混雑することがある。そのほとんどの客は旭川までに降りてしまい、そこから先は各車両に数人のみ。全車の乗客を合わせてもバス1台で十分という状況であった。札幌から稚内・北見・網走へは夜行バスも走っており、すでに列車の使命は果たしたということか。

それにしても、週末に夜行列車で道北・道東方面に旅立つことが出来なくなるのはたいへんに残念なことだ。3月の“ダイヤ改正”では、釧路行「まりも」は存続されるが、今後はどうなるのだろう。

▲夜行オホーツクの発車するホームの風景。駅弁立売の姿も。

▲オホーツクの乗車口案内板。

車内に入ると、寝台はすでにセットされている。シーツを敷いてカーテンを閉めれば、明日の朝まで一応プライベートな空間になる。

乗客は地元の人と観光客が半々くらい、上段寝台が数席空いている程度乗っている。

この客車はすでに30年以上走り続けている車両で、リニューアルされてはいるが、車内のあちこちに年季を感じさせる。

 

もう10年以上前に「北海道フリーきっぷ」のグリーン車用で、夜行列車の寝台車を毎日宿代わりにして道内旅行をしたことがあった。当時はまだ急行列車で「大雪」と言う列車名であった。そのとき以来ではないか、この列車の寝台車に乗るのは。

▲急行「大雪」当時の写真。1989年。

 

あの頃はまだ車内は新しい印象があったが、今回はずいぶん古びていると感じる。洗面所は取り替えられて完全に新しくなっている。寝台車には2つあったトイレは、片方がつぶされて自動販売機が設置してある。

▲夜遅くまでがんばる駅弁屋さん。

▲オホーツクには寝台車もついている。

▲オホーツクのB寝台に乗りこむ。

▲リニューアルされた洗面所。

▲トイレは1箇所撤去して自販機を設置。

▲すでに寝台がセットされている。

22:25になり、列車は札幌駅のホームを離れる。苗穂を通過して豊平川を渡る。

通路の折り畳み式腰かけに座り、ビールを開ける。通路の窓越しに映る夜景や通過する駅を眺めると、見慣れた景色も、いつもと違って旅情があるように思える。

発車後ほとんどの人が早々に寝台に入りカーテンを閉めてしまうので車内は静か。3人ほど通路に腰かけて外を見ている。

車内は暖房が効き過ぎて暑い。腰掛の下のダクトからも熱が伝わってくる。ビールがうまい。

 

さっきホームで買ってきた駅弁を開く。「氷下魚めし」と言い、わっぱ風の経木の箱に炊き込みご飯が詰めてあって、上に氷下魚(こまい)の甘露煮が載っている。氷下魚というと乾物になった姿しか知らなかったので、初めて食べる味だ。

 

▲寝台車通路。どこか懐かしいような…。

▲「氷下魚めし」とビール。

岩見沢を発車したあたりで寝台に入る。カーテンを少し開けて車窓を眺めながらまた酒をのむ。美唄、砂川と数人ずつ列車を降りて行く。だんだん吹雪いてきた。

滝川のあたりから雪はさらに強くなってきた。列車の舞い上げる雪と吹雪で外は全く見えなくなるが、雪明かりでぼんやりと明るい。

 

2本目の酒を半分くらい飲んだところで猛烈に眠くなってきたので、飲み干して横になる。

雪に走行音も吸い取られ、列車は静かに走り続ける。翌朝、目覚めれば列車は道東の原野を走っているはずである。

 

――しばらくして自分は「どちらまでおいでですか」と訊いた。
「北海道でございます。網走とか申す所だそうで、大変遠くて不便な所だそうです」「何の国になってますかしら」
「北見だとか申しました」
「そりゃあ大変だ。五日はどうしても、かかりましょう」    志賀直哉「網走まで」

 

▲吹雪で凍ばれついた窓。

▲滝川に到着。ホームの向こうは真っ白。

 

 

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