HOME鉄道旅行記特急利尻で稚内へその1 その2

 

特急利尻で稚内へ

その2


 

 

稚内から6:38発の始発列車で抜海まで行くことにする。車内の乗客は旅行者らしい2〜3人。南稚内で高校生が2人乗ってくる。

 

▲6:38発名寄行。稚内駅の始発列車。

▲一面笹の宗谷丘陵を行く。人家は全く無い。

 

南稚内を出て市街地を抜けると丘陵地帯を行く。笹と疎林だけの丘を縫うようにして1両だけの列車は走る。

 

稜線が丸みを帯びた特徴ある宗谷丘陵は周氷河地形といわれ、大昔このあたりが氷河に覆われていた時代の名残なのである。かつては大密林に覆われていた宗谷丘陵は明治以降の相次ぐ山火事で今のような笹原となったという。

 

無人の笹原を過ぎて人家や牧場が見えてくると6:55、抜海に着く。ここで列車を降りる。

列車が発車していくと、「ホーホキョ」とウグイスの鳴き声が聞こえるだけの静かな駅になった。

 

▲抜海で列車を降りる。降りたのは自分1人だけ。

 

▲1両の列車は抜海を発車して行った。

 

抜海駅は古い木造駅舎が残っている。無人駅だが、待合室のベンチには座布団がかけられ、「駅ノート」には遠くから訪れた旅人のメッセージがびっしりと書き込まれていた。

 

いつまでも残ってほしいものだが、厳しい気象条件の土地なので古い建物はいつ潰れてもおかしくない。もっとも昔の建物なので、現代の建築物よりは丈夫に建てられているかもしれない。

 

▲抜海駅は古めかしい木造駅舎。無人駅だが降雪期は除雪要員が常駐するらしい。

▲古めかしい造りのままの待合室。旧改札口上には似合わないキティちゃんの時計が掛かる。

 

駅から抜海の町までは結構離れていて歩いて20分くらいかかる。歩道が整備されている道路は、通る車も人も無くてもったいないほど立派に見える。

 

抜海港は冬にはアザラシが来ることで有名だが、この季節は何も無いようだ。

 

上に大石を乗っけたような奇妙な小山を見つける。これが抜海の地名の由来になった。

「北海道駅名の起源」(日本国有鉄道北海道総局)によると抜海の起源はこう載っている。

 

“アイヌ語の「パッカイ・シュマ」(子負い石)の上部からとったもので、付近の丘の上に大石があり、その形が児を負って立っているのに似ているため、こう名づけたものである”

 

近くの小山に登る道路があって、歩いて登ってみると、日本海と利尻岳それにずっと遠くまで続く海岸線が見渡せる。

 

▲抜海駅から抜海の町まで徒歩で20分くらいかかる。

▲抜海の地名由来となった抜海岩。抜海岩陰遺跡という史跡になっている。左は抜海神社。

 

▲抜海神社裏の小山から抜海岩と利尻山を見る。

▲なかなか眺めが良い。

 

抜海の町から海岸沿いを北に歩く。ところどころに色とりどりの花が群生している。このあたりは抜海原生花園といわれる。ハマナスやエゾカンゾウ、花の名前がわかるのはこれだけ。そのほかにもいろいろな花が咲いていた。

 

歩いてる途中で、おばさん2人連れに出会った。

「どこに行くの?」

「抜海から海沿いに稚内まで歩いてみようと思って」

「どっから来たの」

「札幌からです」

 

この先に川があって、道道まで出ないと渡れない。この先に道道に出る道がある。

と教えてくれた。

礼を言ってまた歩き出す。

 

▲海岸沿いにはエゾカンゾウの花がいっぱい咲いていた。

▲海岸を歩いていると行く手を阻んだ川。

 

しばらく行くと、その川が現れた。道道に出る道は見あたらなかったが、見落としたかもしれない。

来た道を戻るのも馬鹿らしいし困ったなと思っていると川幅は3mくらい。歩いて渡れそうだ。スニーカーと靴下を脱いで裾をまくって川に入る。すねまで浸かるくらいの水深。ジャブジャブと渡る。冷たくて気持ちが良い。

 

後方にはそんな光景を見つめるように利尻の山が立っていた。周りに誰もいないが、一部始終を山に見られていたようで何か気恥ずかしくなる。

 

▲さっき列車で通った利尻俯瞰区間の線路に登る階段。保線用?

▲階段を登ると線路があらわれる。鉄道写真の名所でもある。

 

なんとか昼ごろ南稚内駅まで戻ってきた。まだ帰りの列車までは時間がある。稚内に来たついでの野暮用があったので、済ませてくることにした。

 


 

再び南稚内に戻ってくる。

 

南稚内駅の開業は稚内駅よりも古い大正11年で、当時はこちらが稚内駅となっていたとされている。

開業当初の南稚内駅は車両基地のある旧稚内運転所の近くにあって、稚内港(現稚内駅)まで開業してからは列車はスイッチバックで出入りしなければならず不便なので、戦後の昭和27年に新築・移転してきた。実は大正11年開業の駅とは違う新しい駅なのである。

 

▲地元の利用者が多い南稚内駅。

▲南駅近くの繁華街。通称「オレンジ通り」。名前の由来は…知らない。

 

稚内の新しい市街は南に向かって広がっているため、稚内駅のある北側中心部はすっかり寂れてしまった。地元の人は南稚内駅の利用が圧倒的に多い。そんな南稚内駅を地元の人は「南(みなみ)駅」と略す。駅前のバス停も「南駅前」となっている。

駅前にビジネスホテルや歓楽街があって一時期は南駅周辺が栄えたこともあるようだが、郊外型大型店舗ができてからこっちも寂れ気味のようだ。

 

▲みどりの窓口やキヨスクもあり、ストーブも設置されたままの昔ながらの駅。

▲南稚内駅改札口。

 

▲札幌行「スーパー宗谷4号」が到着。

▲18:55音威子府発車。このあたりから日が暮れ始める。初夏の長い1日ももうすぐ終わり。

 

札幌行「スーパー宗谷4号」の改札が始まる。ホームで待っていると遠くで踏切の音が聞こえ、列車が入ってきた。南稚内を16:57にあわただしく発車する。

車内は名寄までがら空き。途中で日も暮れて、札幌までは約5時間の長い旅であった。

 


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